HBVについて
Q1 HBVとは?
- HBV(Hepatitis B Virus:B型肝炎ウイルス)とは、直径42nm(ナノメーターは1mの10億分の1)で、中心に遺伝情報を保存しているDNAを持ち、その周りを芯(コア:core)とさらに外殻(エンベロープ:envelope)が取り囲む二重構造をしています。
- 人に感染すると肝細胞に侵入し増殖し、HBVそれ自体は肝炎を引き起こしませんが、HBVが人にとって異物と認識された場合には生体の免疫機能が働き、体内から排除しようとします。
しかし生体の免疫機能は、肝細胞の中にいるHBVだけを狙って攻撃することができないため、肝細胞ごと攻撃します。
- このとき肝細胞が破壊され、肝炎となります。
- HBVは、肝炎ウイルスの中では比較的感染力の強いウイルスで、血液や体液を介して感染します。しかし、日常生活の場でHBVに感染する危険性は、きわめて低いです。
Q2 HBV感染者はどの程度いるのか?
- HBVは、1968年に発見されたDNAウイルスで、現在世界の約4億人に持続感染していると考えられています。
- HBV持続感染の世界分布には大きな地域差があり、東アジアと東南アジアに約3億人が集中し、残りの大半はアフリカに限局しています。
- 日本では、およそ100-130万人がHBVに持続感染していると推定されています。
HBVは血液・体液を介して感染し、感染した時期、感染時の宿主の免疫能によって、一過性感染に終わるものと持続感染するものとに大別される。
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Q3 キャリアとは?
- 出生時または乳幼児期にHBVに感染しますと、HBVキャリアになります。、
- その多くはある時期まで肝炎を発症せず、健康なまま経過します、これを無症候性キャリアと呼びます。
- しかし、ほとんどのHBVキャリアでは、10歳代から30歳代にかけて肝炎を発症します。一般に、この時期に起こる肝炎は軽いものであることが多いために、本人が気付くほどの症状が出ることはほとんどなく、検査によってのみ肝炎であることがわかります。
- そして85〜90%の人では、この肝炎は数年のうちに自然に治まってまたもとの健康な状態に戻りますが、ほとんどの人ではHIVが身体から排除されないままHBVキャリアである状態となります。
- HBVキャリアのうち、10〜15%は慢性肝炎を発症し、治療が必要となるとされています。
- 慢性肝炎を発症した場合、放置すると自覚症状がないまま肝硬変へと進展し、やがて肝がんを発症することもあるので注意が必要です。
Q4 HBVに感染すると将来どうなるのか?
- HBVが持続感染者の大部分は、HBV陽性の母親からの出産時に産道出血によりHBVに感染する母児感染があります。
- その他乳幼児期に医療行為、家族内感染等の理由で、HBVの持続感染者の血液・体液が体内に侵入することによっても持続感染が成立することがあります。これの理由としては、乳幼児期はいわゆる免疫寛容の状況にあり、HBVが体内に侵入してきても自己の免疫機能が未熟なため、HBVを異物として認識できないことによります。
- 一般に持続感染が成立しやすいのは4、5才頃までのHBV感染であり、思春期になると免疫機能が確立するため、仮にHBVに感染しても慢性化は稀です。
- 思春期以降に身体の免疫機能が十分確立されてからのHBV感染は、多くの場合一過性感染で終わり、その後終生免疫を獲得します。
- 思春期以降にHBVに感染すると、急性肝炎を発症するが、不顕性の感染もしばしば生じ、その後9割前後の確率でHBs抗体を獲得し、終生免疫を獲得することから、キャリアになることはありません。
Q5 HBVはどのようにして感染するのか?
- 現在、感染経路の大部分はHBV慢性感染者からの性行為による感染と考えられています。
- その他、未滅菌の医療器具、刺青、ピアスの穴開け、カミソリや歯ブラシ、麻薬・覚醒剤使用時の注射器の共用時、HBV持続感染者の血液が器具に残存していると感染の可能性があります。
- なお,現在は献血時の血液検査にNAT検査を採用してHBV陽性血液を排除していることから,輸血による感染はほとんどありませんが、どうしてもNAT検査で見つからないHBVも存在するため、年間数例の輸血によるHBV感染が報告されています。。
Q6 性行為による感染とは?
- 現在、従来から日本国内で発生していたHBVに変わって、欧米由来のHBVの感染が広がっています。
- この欧米由来のHBVは、従来のHBVとは臨床像が異なり、慢性化しやすいのが特徴です。
- 国立病院機構肝疾患ネットワークに参加する28施設が、1991〜2008年にB型急性肝炎で入院した患者498人を対象に行った調査では、1990年代前半には、遺伝子型Aは平均して全体の6%程度でしたが、90年代後半から増加が目立つようになり、07年からはB型急性肝炎全体の50%以上を遺伝子型Aが占めるようになっています。
- 現時点では感染者は圧倒的に男性が多く、ホモセクシャルやバイセクシャルで不特定多数と性交渉を持っている人、年齢層では20〜30歳代での発症が多いという調査結果が出ています。
- これは、海外から持ち込まれ、同性愛者の間で感染した例だけでなく、既に国内の異性間性行為での感染例も増加しており、伝播の様式はHIVの流行の時に非常によく似ています。
- 今の時点で、感染予防対策をしないと、HBVも今後HIV流行と同じパターンで広がりかねないと、専門家は警告しています。
Q7 性行為で感染する“欧米型”HBVとは?
- 遺伝子型Aは、遺伝子型B、Cに比べて症状の経過が穏やかで劇症化しにくい一方で、10%程度が慢性化するのが臨床的特徴だといわれています。
- この理由としては、HBVに感染すると、人の免疫は肝細胞ごと破壊してHBVを排除しようとしますが、遺伝子型Aではウイルス量が多いわりに、体内からの排除の力が弱く、これが慢性感染する一因ではないかと考えられています。
Q8 感染しているかはどうすれば解るのか?
- HBVの感染は、血液中のHBs抗原の検査を行い、HBs抗原が陽性なら、100%HBVに感染していと判断します。
- 逆にHBs抗原が陰性なら、ほとんどの場合、HBVに感染していないと考えられますが、稀にHBs抗原のアミノ酸配列に変異があり、通常のHBs抗原キットでは検出されない場合もあり、HBc抗体(IgG)の測定が必要な場合があります。
- HBVに持続感染している患者の場合、HBc抗体は高力価陽性となりますが、過去にHBVに一過性に感染した既往感染者の場合はHBc抗体は低力価陽性となります。
- ちなみにHBVの初感染の場合はIgM-HBc抗体が陽性となります。
Q9 HBs抗原とは?
- HBs抗原が血液中に検出されること即ちHBs抗原が陽性であることは、肝細胞HBVが存在することを現します。
- ごく微量のHBVが血液中に存在しても、HBs抗原陽性として検出されます。
- 血液中HBs抗原は、HBVの増殖がさかんな状態では高値を示し、増殖が衰えると低値となり、慢性肝炎から肝硬変に進展すると、血中HBs抗原量は低下することが多い。
Q10 HBs抗体とは?
- HBs抗体はHBs抗原に対する抗体で、その一部がHBs抗原の中和抗体として感染防御能を示します。
- 慢性B型肝炎が増悪するする際には、血中に多量に存在するHBs抗原と複合体を形成するためHBs抗体は検出されなくなりますが、HBs抗原減少後は、HBs抗体が相対的に過剰となり、血中で検出されるようになります。。
Q11 HBc抗原とは?
- 血液中のHBc抗原は、HBs抗原に覆われているため、外被を処理して取り除いた後でなければ測定できない。そのため、日常臨床で測定されることはない。
Q12 HBc抗体とは?
- HBc抗原は、HBs抗原やHBe抗原に比べて生体の免疫系を刺激し抗体を産生させる作用が極めて強いことから、ごく微量のHBVが存在していてもHBc抗体陽性となる。
- すなわち、HBc抗体の検出はHBVの感染の有無を知るのに極めて有用で、通常、HBVキャリアではHBc抗体量は非常に高値を示す。
- HBs抗原が陰性でHBs抗体は陽性であっても、HBc抗体陽性の場合には血中あるいは肝組織中にごく微量のHBVが存在していると判定します。
Q13 HBe抗原とは?
- HBVに感染し、その後無症候性のキャリアとなり時間が経過すると、HBVの遺伝子のプレコア領域に変異が起こるります、これをセロコンバージョンと呼びます。
- そして、この時期に無症候性のキャリアには肝炎が起こります、この肝炎期には、遺伝子のプレコア領域に変異が起こる前のHBVとプレコア領域に変異が起こったHBVがいろいろな割合で混在します。
- 遺伝子に変異が起こる前のHBVが「pre-C野生株HBV」であり、遺伝子に変異が起こったHBVが「pre-C変異株HBV」です。
- もちろん、初感染がpre-C野生株HBVの感染ではなく、pre-C変異株HBVの感染であることも当然あります。
- pre-C野生株HBVが優位な症例においては、HBV産生と連動してHBe抗原が産生され、通常、pre-C野生株HBVはpre-C変異株HBVより増殖力が旺盛となります。
- そこで、血中のHBe抗原量が多いということは、感染性が高いことを示していることになります。
- pre-C変異株HBVがpre-C野生株HBVに取って代わるとHBe抗原は血中から消失します。
Q14 HBe抗体とは?
- HBe抗体は、肝細胞の破壊が起こっている状態では、HBc抗原およびHBe抗原に対する免疫応答の亢進を反映して常に産生されています。
- しかし、中等度以上のHBe抗原の存在下では、HBe抗原・HBe抗体免疫複合体の形成に使用されるため、HBe抗体は血中では検出されることが無く、やがてHBe抗原の分泌が低下するとHBe抗体は顕性化し、HBe抗体陽性となります。
- HBe抗体の産生は抗原刺激がなくなると早期より低下するので、HBe抗原が分泌されなくなるとHBe抗体は陰性化していきます。
Q15 HBVは夫婦間感染があるのか?
- HBVは性行為で感染することから、当然夫婦間感染もあると考えるべきです。
- 特にHBe抗原が陽性のHBVキャリアの配偶者からは、HBVに感染する危険性があります。
- 以前、新婚旅行から帰って間もなくB型急性肝炎を発病したケースに、「ハネムーン肝炎」という名前がつけられ、報告されたことがあります。
- HBVキャリアの人が結婚を予定し、相手がHBVに対する免疫を持っていない(HBs抗体が陰性である)場合には、相手の方にはあらかじめB型肝炎ワクチン(HBワクチン)を接種しておくことが望ましいといえます。
- ただし、HBe抗原が陰性のHBVキャリアで、結婚後数年以上経ち、これまでに配偶者にHBVの感染やB型肝炎の発病が起こっていない場合には、過度に神経質になることはありませんが、念のため配偶者もHBs抗原、HBs抗体の検査を受けることをお勧めします(配偶者がすでにHBs抗体陽性である場合には感染は起こりませんので、心配はありません)。
Q16 B型肝炎の臨床症状とは?
- B型肝炎は、成人になってからHBVに感染した場合には、一過性に発症する急性肝炎とHBVの持続感染者に起きる慢性肝炎の2つに大きく分けられます。
- B型急性肝炎は、HBVに感染してから1-6ヶ月の潜伏期間を経て、全身倦怠感、食欲不振、悪心、嘔吐、褐色尿、黄疸などが出現し、一般に数週間で肝炎は極期を過ぎ、回復過程に入ります。
- ASTはALTより半減期が短いため、極期を超えるとASTの方がALTより先に低下し始め、血清ビリルビンはAST、 ALTに比べて遷延することがしばしばあります。
- 一方、B型慢性肝炎では、一般に急性肝炎でみられる症状は出現しにくく、自覚症状をほとんど認めず、しばしば「急性増悪」と呼ばれる一過性の強い肝障害を起こることがあり、この際には急性肝炎と同様に、全身倦怠感、食欲不振、褐色尿、黄疸が出現することがあります。
Q17 B型肝炎の治療法とは?
- 急性B型肝炎:急性肝炎は一般に抗ウイルス療法は必要無く、食欲低下などの症状があれば補液を行い、基本的には慢性肝炎の治療に使う肝庇護剤は使用せず、無治療で自然にHBVが排除されるのを待ちます。
一般的に肝庇護剤の使用は逆にウイルス排除を防いでHBVの持続感染化を起こすので推奨されていませんが、劇症肝炎例、劇症化が予測される症例に対しては核酸アナログ製剤の投与や免疫抑制剤の使用、血漿交換、血液透析などが行われる場合もあり、それでもさらに肝炎が進行する場合は、肝移植を行わないと救命できない場合もあります。
- 慢性B型肝炎:慢性B型肝炎患者の人で、HBVに持続感染しているHBVは基本的には完全排除は不可能で、IFNや核酸アナログ製剤を用いてもウイルスの完全排除は期待できない場合が多いです。
このためHBVの治療目標はHBV-DNA量を減らして、AST、 ALTを正常範囲以内に維持する、いわゆる「臨床的治癒」の状態に維持することで、これがHBVに対する治療とHCVに対する治療の根本的な違いで、この点をふまえてB型慢性肝炎の治療を行う必要があります。
HBVに対する有効な抗ウイルス薬は、インターフェロン(IFN)と核酸アナログ製剤の2剤に大きく分けられ、インターフェロンは一般に年齢が35才程度までの若年者で、肝炎の程度は肝生検でF1程度までの線維化の施行していない症例、核酸アナログ製剤は 35才以上の非若年者、35才以下であってもF2以上の比較的肝炎の進行した症例が対象となります。
Q18 HBV感染予防対策とは?
- 現在、日本で行われているHBVに対する感染予防は、HBV持続感染している母親からの母児感染対策のためのHBV免疫グロブリン、ワクチン接種と医療従事者など希望者に対するワクチン接種があります。
- 母児感染予防事業は、1986年に開始され、HBV持続感染している母親から産道感染で新生児にHBVが感染するので、出産時と生後2ヶ月にHBV免疫グロブリンを、生後2、3、5ヶ月でHBワクチン接種を行うことにより、新生児へのHBV感染を予防します。
- この方法が採られた当初は、HBe抗原陽性の母親から生まれた子供に対してのみHBV免疫グロブリンとHBワクチンが投与されていましたが、1995年からはHBe抗体陽性の母親から生まれた子供に対しても投与開始され、現在はHBV陽性の母親からの母児感染は激減し、ほとんど起こっていません。
- 更に、医療従事者などに対するワクチン接種は@初回A初回投与1ヶ月後B初回投与6ヶ月後と、3回HBワクチンを接種することによって、HIBV保有者からの水平感染予防が取られています。
Q19 これからのHBV対策とは?
- 急性肝炎が多く慢性化率の低い日本では、従来からの母児感染予防事業により、ほぼ新規のHBV母児感染を防止することが確立され、生まれてくる子供へのHBV感染はほぼ根絶されつつあります。
- 輸血による感染についても、検査精度の高いNATの導入により、輸血によるHBV感染は激減して、後一歩で根絶されるところまで来ています。
- しかし、外来種であるジェノタイプA型HBVの水平感染(性行為)でのHBV持続感染者が今後増加するようになれば、諸外国のように全員に対するHBワクチン接種が必要となる可能性があり、日本でのHBV感染予防対策を、今後どのように進めたらよいかが専門家の間で討論されているのが現状です。